土居珈琲は1971年、土居博司が創業したコーヒー会社です。
コーヒーを作るものとして、最初に考えなければならないことは、
「どういう味のコーヒーを作るか」ということです。
「自分がおいしいと考えるコーヒーを作ればいいのでは?」。
多くの方は、そう考えるかもしれません。
しかし、それは言葉でいうほどカンタンなことではありません。
売り上げを考えなければならないからです。
当時のコーヒー会社の“当たり前”は、喫茶店にコーヒーを卸すことでした。
売り上げをあげるために、契約をしてもらう喫茶店の数を増やさなければなりません。
ただ、喫茶店が注目するのは「味」ではなく「価格」でした。
コーヒーの納入価格が、ほかより安くなければ、なかなか取引してもらえなかったのです。
しかし、喫茶店が求める価格の安いコーヒーを作ろうとすれば、
使える生豆は限られてきます。
彼は、市場に合わせたコーヒーを作る道を選びませんでした。
はじめから「自分が理想とするコーヒー」の具体像を明確にもっていたからです。
それは、「何杯飲んでも飽きない味わい」です。
彼はそれを、「家庭で母親が作る料理のようなものだ」とよく言っていました。
彼がコーヒーにその味わいを求めた気持ちはよくわかります。
彼の母親が家庭をかえりみる人ではなかったからです。
彼女は家で子どもたちに食事を作ることが、めったになかったそうです。
そうした背景から、彼は家庭の料理の味というものを、
いくつになっても強く追い求めていました。
彼が理想としていた家庭の味とは、いつもあたたかく自分を迎えてくれると同時に、
けっして飽きないものです。
すべての人において、家庭の料理とはそういったものだと思います。
「自分が理想とするコーヒーを作る」。
それはある意味、自分のわがままを押しとおすことです。
しかし、なにかを作り出すとき、
自分のわがままを押しとおすことほど強いものはありません。
ですから、彼は昔から使用する生豆も、ランクの高いものばかりを使っていました。
自分の理想とする味わいは、品質の低いものでは作れなかったからです。
こうして、土居珈琲の味は生まれていきました。
土居珈琲のコーヒーを口にした方が、
家庭料理の味をイメージされているかどうかはわかりません。
しかし、それは彼の “想い”から作り出されたものですから、
ほかにはないものとなっているのは確かです。
彼が理想とするコーヒーを作るためには、特別な焙煎釜を必要としました。
土居珈琲の珈琲工房には、6台の釜があります。
それらは、すべて彼が選び、組み上げたものです。
一度に少量しか焙煎できない小さな釜。
彼が選んだ釜は、大量の生豆を効率よく焙煎できる大きなものではありません。
一度に少量しか焙煎できないものです。
この釜でなければ、生豆にあわせて火加減や時間を調整できないからです。
これら、“小さな釜”でコーヒーを焙煎することは、焙煎をむずかしくします。
焙煎時間が数秒ちがうだけで、コーヒーの味は変わるからです。
豆によって、人間が火加減や温度をそのつど調整しなければなりません。
「そのときどきのコーヒー豆と、会話しながら焙煎することがたいせつなんや」。
いつもわたしに語っていた彼のこの言葉から、わたしどもにしかないコーヒーづくりの形『小さな焙煎』は、生まれていきました。
彼が亡きいま、彼が愛用した焙煎釜。
そして、彼のコーヒーづくりにかける想いと技術を
土居陽介をはじめ、スタッフ一同は継承しました。
焙煎する人間がかわっても、焙煎釜は変わりません。
土居珈琲にある6台の小さな焙煎釜は、彼そのものです。
いまも珈琲工房のなかで、土居博司は立ちつづけています。
わたしたちは、これからも彼とともに、
わたしたちを信頼いただく方の期待にこたえるコーヒーを作りつづけます。
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