わたしの日常である珈琲工房の仕事は、地味な仕事の連続です。
こうした地味な仕事が連続していることを、わたしは嫌ってはいません。
むしろ、そうであっていいと思っています。
焙煎技術は、なにかノウハウ的なものでいきなり向上するというものではありません。気が遠くなる程の時間を、地味な作業で埋め尽くして、はじめて上達していくものです。英語をほんとうに習得したいのなら、まずは膨大な時間を費やして、英単語を暗記する必要があるのと同じです。
ただ、そうした日常の繰り返しの中に身をおいていると、時に“非日常”を求めたくなってしまう。そうした“非日常”を体験しないと、「コーヒーの味も停滞しているのではないか」という不安をふと感じてしまうからです。“非日常”にある何かが、きらきらしたものに感じてしまう。
そんな理由もあって、世界のコーヒーを知る旅に、また出かけることにしました。今回、選んだ場所はどうしても行きたかった国のひとつ、ギリシアです。昔から読んできたいろいろな本に登場する神々がいた国。その国では、コーヒーはどのように楽しまれているのかを知りたくなったのです。
街には、神殿が当たり前のように存在しています
ギリシアといえば、パルテノン神殿に代表されるように、有名な建造物が街の中で当たり前のように存在しています。その中で、わたしがどうしても行きたかった場所が、サントリーニ島です。この島は、エーゲ海屈指の人気を誇る奇跡の島。まさに“非日常”の世界が存在する島です。
街の建物の大部分を占める城壁は、日の当たり方や時間帯によって目まぐるしく、その表情を変えていく。そこから見える海の景色は、自然の偉大さと共に、まさに神の存在を信じたくなる程の神々しさに満ちていました。
世界屈指のリゾート地と呼ばれるこの場所で、飲まれているコーヒーは、「グリーク(ギリシア式)コーヒー」と呼ばれるもの。ギリシアコーヒーとはいうものの、中東で楽しまれている「トルココーヒー」。専用のポットにいれて、コーヒーの粉を煮詰めることによって抽出されるコーヒーです。
島の中のレストランに入り、そこから見える海の景色を見ながら、「グリークコーヒー」を楽しむ。普段飲んでいるコーヒーとは異なる、重厚な苦味が口に広がる。わたしの身の回りにあるすべてが、“非日常”のものです。
しかし、この“非日常”のコーヒーを飲みながら、わたしの頭に浮かぶのは、“日常”の珈琲工房のことばかり。旅に出る前はあんなに焦がれていた“非日常”の何かに、魅力を感じなくなっていくのです。写真に写っていた美しい白の建物も、自分の目でよく見ると、やはり細部の色がはげ落ちているところもありますし。
考えてみると、サントリーニ島の生活は、2日もすれば飽きると思いますが、珈琲工房の“日常”での焙煎は、何年やっていても飽きることがありません。ギリシア サントリーニ島での旅は、海と建物の美しさを知ると共に、珈琲工房で繰り返される“日常”の素晴らしさを、改めて教えてくれる旅でした。